大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和60年(行ツ)185号 判決

京都市下京区猪熊通五条下ル柿本町六七〇-一〇

上告人

木村幸夫

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

京都市下京区間之町通五条下ル大津町八番地

被上告人

下京税務署長

平木正行

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五九年(行コ)第五〇号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六〇年八月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高田良爾の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事実を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 多田禮次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

上告代理人高田良爾の上告理由

第一 原判決は主文に影響を及ぼす事実の認定、法律の解釈、運用を誤つているばかりではなく、所得の主張、立証責任に関する最高裁判所の判例の解釈、適用にも違反するものであるので、貴裁判所においては前記判例に則した相当な判決がなされるべきである。

一 上告理由第一点

(一)原判決は、「被上告人の職員が第三者の立会を拒否した」と判示しながら「前記事実関係のもとにおいては合理的であると考えられ、裁量権の逸脱があつたものと認めるに足る証拠はない」と結論づけている。しかし、原判決の判示は、最高裁判所判例(最高裁判所昭和四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四ページ、最高裁判所昭和四八年七月一〇日第三小法廷決定・刑集二七巻七号一二〇五ページ、最高裁判所昭和五八年七月一四日第一小法廷判決・訟務月報三〇巻一号一五一ページ参照)に抵触することは明らかである。

(二)被上告人の職員が上告人に対して行つた税務調査は所得確定の所得税法第二三四条に基づく質問検査権を行使して行われていることは争いない。右質問検査権は、所得確定のために行われたものであり、被上告人においては課税処分を行うとしても可能な限り実額課税をなしうるように右質問検査権を行使すべきであることは言うまでもない。しかも質問検査権は罰則を伴うものとはいえ、質問検査権は被調査者の自由な意思による同意、不同意によつてその行使の有無が決定付けられるという意味ではあくまで任意調査である。

上告人が、被上告人の職員の上告人に対して行つた税務調査の際第三者を立合わせるという行為は質問検査権が任意調査としての性質を帯有する以上適法であることは言うまでもない。しかるに、被上告人の職員は、上告人の依頼に基づく第三者が税務調査に立会おうとした点のみをとらえ税務調査を一方的に拒否するという判断は、裁量権の逸脱があつたと認定すべきである。

二 上告理由第二点

(一)原判決は「手描友禅の業界においては、夫婦、親子等の家族専従員二人程度の労働でもつて営まれるのが通例であつて、他人を雇用することは希有の例外的営業形態であることが認められる」と判示しているがかかる判断は明らかに誤りである。原判決は乙第一四号証の一乃志四一に基づいて前記認定を行つているもののごとくであるが、被上告人の提出に係る乙第一四号証の一乃至四一にのみ基づいて前記認定を行うことはあまりにも証拠に基づかず、独断、偏見、独善的に認定してしまつたとの批判は免れない。原判決の前記認定が多少とも認容されるためには、その認定が手描友禅の業界における公的に認められるアンケート調査結果に基づく判断であることが絶対に必要である。原判決の前記事実認定が正しいと判断されるためには、さらに審理を尽くすべきであり、原判決の前記認定は証拠及び弁論の全趣旨によつても絶対に認定しえないものである。

(二)さらに原判決は「従つて、課税処分における所得金額計算上の消極的事由である(所得税における)必要経費に関する立証責任も原則として課税庁側にあると解すべきものとしても、被控訴人がやむなく同業者率を適用して推計課税の方法により控訴人の所得金額を算定した場合においては、当該業界の通常形態に則り雇人費を認めなかつたのは当然であつて、控訴人がこれを争い、前記希有の例外的営業形態を主張する以上、雇用の存在及び雇人費に関する主張、立証責任は控訴人にあると解するのが相当である。」と判示しているが以下述べるようにかかる判示は全ての点において決定的な誤りを犯している。原判決のかかる誤りは、上告人の主張する雇人費(上告人外知野見章、同馬場由紀子に支給した雇人費)を認めるかあるいは被上告人に雇人費に関する立証責任(実額に基づくか推計に基づくかは別にして)を負担させた場合には、被上告人の上告人な対する本件係争各年分の更正処分等(本件処分」ともいう)を取消さざるをえなくなるので、なんとかして被上告人の本件処分の取消を免れようとの気持から生じたものといわざるをえない。

〈1〉 原判決は「被控訴人がやむなく同業者率を適用して推計課税の方法により控訴人の所得金額を算定した場合においては、当談業者の通常形態に則り雇人費を認めなかつたのは当然」と判示している。しかし原判決は、上告人の営業に関する雇用の存在及び雇人費に関して「稀の例外的営業形態」と認定してしまつたうえで右の論理を展開しているものであり、前述したようにそもそも「手描友禅の業界においては夫婦、親子等の家族専従員二人程度の労働でもつて営まれるのが通例であつて他人を雇用することは希有の例外的営業形態であることが認められる」との誤つた判示を前提にしているのであるからかかる立論も又誤りである。

〈2〉 さらに、被上告人においても上告人の営業において「他人を雇用することは希有の例外的営業形態である」との認識のうえに立つて雇人費を全く考慮することなく同業者率を適用して推計課税の方法により上告人の所得金額を算定したのではなく、事実として上告人の本件係争各年分中には雇用の存在及び雇人費はなかつたと主張しているのである。

しかし、原判決も上告人の主張する雇人費の額の認定はしなかつたが、本件係争各年分中の時期に上告人外知野見章、同馬場由紀子を雇用していることは認めているのである。

そうであるとすれば、必要経費に関する立証責任も課税庁側(被上告人側)にあるのであるから、雇人費に関する主張、立証責任は被上告人にあると解すべきである。

課税庁側において、雇用の存在がないことを前提にあるいは雇用の存在を考慮することなく、同業者率を適用して推計課税の方法により所得金額を算定した場合をおいては、納税者側に少なくとも雇用の存在(雇用期間も含めて)に関する主張、立証責任はあると解すべきが相当であるかもしれない。しかし、雇用の存在が納税者側において立証された場合において、雇人費に関する主張、立証責任は課税庁側にあると解すべきである。

〈3〉 最高裁判例は「所得の存在及びその金額については、課税庁が立証責任を負う」(最高裁昭和三八年三月一二日判決、昭和三六年(オ)第一二一四号所得税決定取消請求上告事件、訟務月報九巻五号六六八ページ)と判断している。所得はいうまでもなく収入から経費を控除して算出されるものであり、経費の中には仕入金額(売上原価)、一段経費(租税公課、水道光熱費等)、特別経費(雇人費、外注費、地代家賃、利子、建物の減価償却費)が含まれる。従つて前記判例は、所得計算に必要なすべての科項について課税庁側に主張、立証責任を課しているのである。前記判例からは、課税庁側の主張、立証責任に関し、原則あるいは例外があると解することができない。

原判決は「課税処分における所得金額計算上の消極的事由である必要経費に関する立証責任も原則として課税庁側にあると解すべきもの」と判示しているが「原則として課税庁側にある」との判示は前記判例に違反するものである。

三 上告理由第三点

(一)原判決は「控訴人が主張する雇人費は前記認定の本件売上金額を得るための必要経費とはいえず、収入に対応するものではないから、控訴人の主張する雇人費は特別経費に該当するということはできない」と判示している。しかし、上告人の上告人外知野見、同馬場の二人の雇入れが収入に対応するものではないとの事実の認定は、全く証拠に基づかないものであり、明らかに誤りである。原判決が認定するように「自分の取り分を減らして二人の給料を支払つた格好になるがそうしてまで二人を雇入れたのは職人として育ててやりたいという気持があつたからで教えたあと続いて一緒に仕事をしていこうとは思つていなかつた」からといつて、両名に支払つた雇人費が特別経費に該当するものといえないと判断することは誤りである。

(二)上告人としても売上になんらかの形で寄与することを願つて両名を雇用しているのであり、結果的に売上が伸びなかつたといつて「雇人費は特別経費に該当しない」との判断は誤りである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例